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2025/05/15 07:17 |
【13番】 大栗山・大日寺 《放送内容》
今回のお参りは、第十三番札所、大栗山・大日寺です。

交通量の多い国道を通って山門をくぐると、いかにも町中のお寺…
という、コンパクトな印象。

ところが、左右には立派なお社が…。

創建当時は大きな寺領で、阿波一宮(神社)の統括を任せられた、
大変に勢力のあるお寺だったそうです。

「何故、お寺が神社を管理したのか?」

…奇異に感じるかもしれません。
しかし、元々、神社とお寺は密接な関係にありました。

天地・自然を司る地神という考えが古来から伝えられていた日本に
中国から仏教が伝来し、互いに補い合いながら、共に人々の信仰を
支えてきたのです。

『地鎮祭』といえば、神道の専売特許の様なイメージがありますが
真言宗にもその作法は伝わっており、現場でも行われています。

また、神道行事に欠かせない『雅楽』も、仏教伝来と共に中国から
伝えられたものです。

そのような神道と仏教の親しい関係は、明治時代の神仏分離令で、
強引に変えられてしまいました。

**********

『大日寺』

そのお名前から、大日如来さまを連想しますが、こちらの御本尊は
十一面観世音菩薩さま
そして、お大師さま自ら刻まれた大日如来さまの像は、脇仏として
納められています。

・・・・・・・・・・

以下は、米裕さんの推測です

名前の通り、元々は大日如来さまが御本尊だったこちらのお寺。
廃仏毀釈で処分の憂き目に遭う所、お大師さまが刻まれた仏さまを
捨ててしまうのは忍びない
…という事で、一宮神社に祀られていた
十一面観世音菩薩さまを御本尊とするのと引き換えに、脇仏として
生き延び、今日に至っている…。

・・・・・・・・・・

しっかり見極めてお参りすれば、本来の日本の姿が見えてきます。

皆が信仰してきたものが残り、現代にまで受け継がれている事実を
誇りに感じ、互いに良き影響を与え合い、それぞれが力を発揮する
バランスのとれた方向を目指すべきでしょう。

**********

米裕さんの創作小噺、凸凹同行記。

足が痛くて、動けなくなったごんた
ふくろはぎ…ではなく、ふくらはぎを痛めた模様。

脚半を外したため、ふくらはぎが振動し、肉離れになった様です。

十三番札所に到着したら、足回りを整えるよう提案したところで、
大日寺に伝わる不思議なお話を思い出したたけやん

昔、足の不自由なトメ吉というお遍路さんがいました。

全身を引きずらねば動けない不自由な身、他人に迷惑をかけぬ様、
人出の少ない冬場にお遍路に出る、という気の遣いよう。

小雪舞う冬のある日、大日寺を訪れたトメ吉。
雪隠(便所)を借りると、オンボロの建物が倒れてしまいました。

ガラガラと雪隠の崩れる音と、トメ吉の叫び声を聞きつけた住職、
慌てて駆けつけると、そこで目にしたものは…

崩れた木々の上に渡された細い金剛杖の上に、不自由なはずの足で
しっかりと立つ、トメ吉の姿


お大師さまの有難さと、謙虚に暮らす事の素晴らしさ。
お参りしている事を誇示しながら歩くのではなく、

「周りに迷惑がかかっていないか?」

…そう考えながらお遍路を巡るのも、立派な修行です。

**********

最後に、お遍路初心者・杉本さんからの質問

         仏さまには、菩薩や如来という肩書きがありますが、その違いは?

対する、こうゆうさんの回答

ピラミッドをイメージしてもらうと、頂点が如来
その下に菩薩がいらして、明王、天…といった構造になります。

ただこれは、頂点が偉くて下層は劣る…という身分の上下ではなく
お釈迦さまの修行の段階を示しています。

ヤンチャながら、仏さまを慕う気持ちのある段階=
ガムシャラに修行を進める段階=明王
悟りを開き、微笑むだけで全てが成就する境地=如来

でも、如来の境地からの導き、我々のレベルではピンと来ないため
気付かない事もあるかもしれません。

そこで、一旦は如来の境地に達していながら、姿・形や香りなどの
煌びやかさ
を用いて、我々が気付きやすい方法で導いて下さるのが
菩薩です。

ただ、煌びやかさ・優しさのみで、全ての者を導く事が出来るとは
限りません。

母親が子供に躾を行う如く、時には厳しさも必要です。
愛情のこもった厳しさ…それが、明王

元はただ一つの姿ですが、それぞれの場合に応じ、八万四千という
ありとあらゆる姿をもって現れるのが、仏さまです


(その様子を図式化したものが『曼荼羅』


**********

…という訳で、今回のダイジェストはこの辺で。

詳しくは、FMくらしきのOAと、Podcastでチェック!!
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2007/10/24 09:50 | Comments(0) | TrackBack() | 放送内容
おひさしぶ~り~ね♪

58e3c2b0.jpegはい、こんにちは。

12番札所のときには、制作風景をご紹介できませんでした。そう、私、なにやら特番とか秋の改編とかありましてバタバタしておりましたが、いつの間にかできあがっているではあ~りませんか。誰が作ってくれたのでしょうか…。お大師さま…?

ということで、お大師さま制作…だったのかもしれない12番札所・焼山寺の回、いかがでしたでしょうか。ほんとに山の上にあるお寺を紹介しましたので、聞きながらまわりの酸素が薄くなってしまった方もいらっしゃると思います。

一転しまして、次回は平地のお寺。本編中に、車の音がバンバン入ってます。これでもか、ってぐらい入ってます。たぶん、ラジオから排気ガスのかぐわしい香りがしてきますよ…。そして、その境内でのお話がこれまた大変興味深い!こりゃあ、聞かにゃあおえまあ。

では、「大日寺」の回を、どうぞお楽しみに~!


2007/10/18 15:04 | Comments(0) | TrackBack() | まえちゃん
【12番】 摩盧山・焼山寺 《きくへんアルバム》
第十二番札所、摩盧山・焼山寺のアルバムです

071013_01.jpg
本堂です。

071013_02.jpg
お大師堂は建替え中でした


071013_03.jpg
杖杉庵に着いた一行。
山奥ですね。。。

071013_04.jpg
立派な杉です。
金剛杖のルーツであるこの杖杉庵
是非お立ち寄り下さい

2007/10/13 18:23 | Comments(0) | TrackBack() | きくへんアルバム
【12番】 摩盧山・焼山寺 《放送内容》
到着早々、思わずこうゆうさんの口から出た「お疲れ様」の一言

前回の藤井寺から、曲がりくねった細い山道を、車で2時間。
地図上のキロ数以上の厳しさに苦しみながら…
特に杉本さんは車酔いに苦しみながら、ようやく辿り着いた、
十二番札所、摩盧山・焼山寺

周囲を杉の巨木に囲まれ、本当に山の奥深くへとやって来た…
そんな実感がヒシヒシ湧いてくる、美しい風景を眺めつつ、山門へ
歩を進める一行。

**********

山越えの度に災厄が降りかかり、人々は足止めを余儀なくされた、
阿波一番の難所であるこの地。

お大師さまが麓で身を清め、足を踏み入れられた当時は、山全体が
炎に包まれていたそうです


この炎、山に棲む大蛇が口から放っていたもので、お大師さまは、
虚空蔵菩薩さまのお力を借りて、大蛇を退治されたそうです。

**********

山全体を御神体としていたお大師さまの時代、そこに近づくには、
様々な障碍があった事は想像に難くありませんが、それらの困難が
『大蛇』として表現されているのでしょう。

一方、車に揺られて、実際にこの地へとやって来たこうゆうさんは
ここまで辿り着くため登って来た、くねくねと続く山道そのものが
大蛇だ
、と思ったそうです。

札所へ向かう道の厳しさを、大蛇に例えているとも考えられます。

**********

ところで、今回の札所である焼山寺

お大師さまが遭遇した災厄が、そのままお寺の名前となっており、
何とも縁起が悪い…そんな印象を受けます。

しかし、山号を見ると、『摩盧山』

『摩』は、仏さまのお力を表します。
そして『盧』とは、水とか、力を与える液体のこと。

水と火、全体を見ると、うまくバランスのとれたお名前なのです。

そして、かつて人々を苦しめた大蛇が、お大師さまのお力によって
良き方に転じ、今は皆にお陰を下さる事を表しているのでしょう。

**********

米裕さんの創作小噺『凸凹同行記』、たけやんとごんたの二人は、
八十八箇所でも有数の難所、藤井寺から焼山寺へ続く険しい山道、
通称『遍路ころがし』を進んでいます。

二人が休憩した柳水庵は、かつてここを通りがかったお大師さまが
行き倒れの旅人を救うために柳の枝を地に刺すと、水が湧き出た
という伝説があり、今でも水は枯れずに湧き続けています。

これから二人の向かう焼山寺は、山を七巻き半するほどの大蛇が、
人々を寄せ付けなかったという伝説がありますが、これはこの地で
苦行の日々を送っていた修験者が、神聖な行場である山へ、人々が
立ち入る事を拒んでいた
、という事実を表現しているそうです。

因みに焼山寺は、役行者小角(えんのぎょうじゃおづの)の開創。
この人、孔雀明王の呪法を身につけ、自由自在に空を飛べたとか。

…そんな話をたけやんから聞いたごんた。
孔雀となって空を飛ぼうとしますが、「コケコッコー!!って…。

**********

焼山寺の大師堂は、取材当時は立派な木造の建物に立替中でした。
本堂の屋根は銅葺きですが、これは落ち葉の掃除や、除雪の都合を
考えての事。

屋根の形状や材質で、その土地の気候や立地を知る事が出来ます。

こちらの御本尊は、大蛇退治に活躍された虚空蔵菩薩さま

仏教ではよく『空』とは何ぞや?という話題になりますが、これは
入れもの・器(うつわ)…『全てを包み込むもの』の事です。

人間のスケールを、よく『器が大きい・小さい』と表現しますが、
これが正に『包み込む力=包容力』の事を表しています。

また、読みを『そら』に転じれば、大自然を包み込む空の事です。

『虚空』とは、無限に広げた『空(くう=器)』の事。
『蔵』とは、たくさんの宝物が納められる場所

仏さまの智慧という、この上ない宝物を、限りなく多く包み込んで
お持ちの方、それが虚空蔵菩薩さまです。

因みに御真言は…
『のうぼうあきゃしゃきゃらばやおんありきゃまりぼりそわか』。

数ある御真言の中にあって、未だにその意味が解明されていない、
謎の多い御真言だそうです。

**********

焼山寺でのお参りを納めた一行は、3キロほど下った場所にある、
『杖杉庵』を訪れました。

歴史上、お遍路を初めて行った『衛門三郎』が亡くなった場所が、
この杖杉庵です。

伊予の極悪非道な豪族・衛門三郎が、一夜の宿を請うお大師さまを
門前払いにし、托鉢用の鉄鉢を叩き割ったところ、ほどなくして、
8人の我が子を次々に亡くしてしまいます。

自らの罪業を深く反省した衛門三郎、お大師さまの足跡を辿って、
巡礼の旅に…これが『お遍路』の始まりです。

お四国21周目にして、この地でようやくお大師さまに巡り合い、
自らの行いを懺悔すると、お大師さまから罪業の消えた事を聞き、
衛門三郎は息絶えます。

お大師さまは、衛門三郎の杖を墓標として埋葬しました。
この杖がやがて根付いて杉の大木となり、現在に至っています。

この『墓標にもなる杖』、すなわち『金剛杖』のルーツです。

尚、お大師さまは衛門三郎を埋葬するに当たり、『衛門三郎再来』
と記した小石を握らせたのですが…このお話は、また今度。

…という訳で、今回のダイジェストはこの辺で。

詳しくは、FMくらしきのOAと、Podcastでチェック!!


2007/10/07 23:04 | Comments(0) | TrackBack() | 放送内容
【11番】 金剛山・藤井寺 《きくへんアルバム》
第11番札所、金剛山・藤井寺のアルバムです

070922_01.jpg
本堂です。

070922_02.jpg
手洗い場にお寺の名前にもなっている
「藤」の花の彫刻がありました。

070922_03.jpg
大師堂の彫刻。
象のようですが、「獏」なんだそうです!
ちょっとリアルで怖いですね

070922_04.jpg
「遍路ころがし」を通ってみたきょんきょん
険しいのでお気をつけて

2007/09/22 17:41 | Comments(0) | TrackBack() | きくへんアルバム

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