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2017/10/21 13:43 |
【78番】仏光山・郷照寺《放送内容》
今回のお参りは第七十八番札所、仏光山・郷照寺です。

麓にある山門から細い道を上り、山の中腹にある駐車場までやって来ると
あとは石段を少し上るだけで、歴史を感じさせる大伽藍へ辿り着きます。

山の上からは瀬戸内海を一望でき、瀬戸大橋の伸びる対岸は一行の本拠、
FMくらしきのある倉敷市です。

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こちらのお寺、開基は行基菩薩さまですが、七百年代の開山当初の寺号は
道場寺といいました。

道場という言葉、現代は『人間が修行する場所』との意味で使われますが
本来は『仏さまのお働きをお手伝いさせて頂く場所』の事だそうです。

尚、こちらは珍しく、真言宗であると同時に、時宗のお寺でもあります。
これは時宗の開祖・一遍上人が、踊り念仏の道場とした事に由来します。

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さて、皆さんお待ちかね、米裕さんの創作小噺『凸凹同行記』。

鎌倉期になり一遍上人によって復興された事から、この郷照寺の宗派は、
真言宗時宗

・・・という話を、たけやんから聞いたごんた。
そもそも『宗派』って何?という疑問が湧いて来たようです。

新しい教えを説く人が出現すると、その教えを支持する人が増えて行き、
やがてそういった人々の共同体が出来上がります。

その教えを信ずる人々の共同体が『宗派』であり、その教えを説いた人は
『宗祖』として尊敬を集め、崇められる事になります。

ただ、宗祖とされる歴史上の人物が教えを説いたのは、宗派を形作る事が
目的ではありませんでした。

大陸からの伝来以降、長い時間をかけて、日本に広まった仏教

聖徳太子は、朝廷に仕える役人に、生活規範として仏教を説きました。
最澄さまや空海さまの平安仏教は、出家者を対象とする教えです。
そして一遍さまを含む鎌倉期以降は、民衆が対象となりました。

その説かれた時代によって、み教えの伝えられた対象が各々異なるため、
全く違ったものであるかの様に考えられてしまっているのです。

『他宗派を学ぶとバチが当る』などと言われますが、全くの迷信
『皆に勉強されると都合が悪い』一部の人が主張しているに過ぎません。

今や、殆どの日本国民が、普通に読み書きの出来る、恵まれた時代。
教育制度のキチンと整っていなかった当時の、一般大衆向けの教えだけに
留まっている必要はないのです。

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最後は、杉本さんのてくてくインタビュー・ひとへんろ。

今回登場されるのは、兵庫県からいらしたという、歩き遍路の女性。
暑さと汗対策に、頭と首周りにあしらった手拭いがスタイリッシュです

2年ほど前、バスでも八十八箇所を巡ったという、この方。
歩きだと、暖かい声をかけてもらったりと、周囲との交流が出来ることが
魅力だそうです

元々、仏像を観るのが好きで、札所で目にする事の出来る各々の仏さまの
芸術作品としての細やかな造作や、像そのものの発するミステリアスさを
味わいながら巡るのも、楽しみだそうです

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・・・という訳で、今回のダイジェストはこの辺で。

詳しくは、FMくらしきのOAと、Podcastでチェック!!
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2010/07/05 11:38 | Comments(0) | TrackBack(0) | 放送内容

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