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2018/01/22 21:12 |
高野山お礼参り編:第一回 《放送内容》
四国八十八ヶ所を修めた一行は、遂にやって来ました。
・・・真言密教の聖地、高野山。

弘法大師空海さまへ、無事に帰って来る事が出来たという御報告、そして
お礼参りのためです。

一行が降り立ったのが、奥の院への入り口に当たる『中の橋』の駐車場。

車やバスでの参拝の場合は、ここで降車してから奥の院へと向かうのが、
一般的なルートになります

***********

駐車場から少し行くと、大きな石柱が立っています。
この先は浄域。心を改めて進まなければなりません。

「虚空尽き、衆生尽き、涅槃尽きなば、我が願いも尽きなむ」

全ての生きとし生けるものが、悟りを開き、迷いから救われるその時まで
この世に身を留め、祈り続ける・・・という、お大師さまの決意です。

この、有り難いお言葉から分かる通り、真言宗は『生きて仏に成る』事を
説き、気付かせ、目指すみ教えです。

永遠の禅定に入られた後、今なお我々のために祈り続けて下さっている、
お大師さま

辛い時、迷った時、困った時、南無大師遍照金剛の御宝号をお唱えすれば
何らかの形で、我々の傍に立ち、助けて下さる・・・

この信仰を凝縮した言葉が、『同行二人』です。

***********

高野山の参道といえば、戦国武将等、歴史上の人物の古く苔むしたお墓が
両脇にズラリ・・・といったイメージがありますが、一行が歩いている、
中の橋から御廟へ向かう道は、出来てからまだ30年程しか
経っていない、新しい参道です。

ですからこの道の途中で目にするお墓は、有力企業など、実業家の方々の
比較的新しいものばかりです。

因みに、歴史上の人物のお墓は、一の橋から続く、古くからある参道脇で
見る事が出来ます。

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奥の院に近付くにつれて、周囲の木々の幹が、段々と太くなってきます。

参道の道幅は広いのですが、道の中央を我が物顔で歩いて良い訳ではなく
道の左側を、他の方の邪魔にならぬ様に進むのが、参拝の際の作法です。

修行僧は、陀羅尼を唱えながらここを早足で進み、御廟へお参りするのが
日課だそうです。

無明の橋を渡った先は、撮影・録音等は一切禁止という聖域になります。

***********

さて、皆さんお待ちかね、米裕さんの創作小噺『凸凹同行記』。

九度山の慈尊院から、町石道を4時間歩いて来た、ごんたとたけやん。
高野山の入り口・大門まで、あと1時間ほどです。

町石道は、迷いようのない立派な道ですが、最後の難所・目に悪い坂道
前方に待ち構えています。

そんな訳で、花坂の焼き餅を食べてから、後は自分のペースで行く様にと
たけやんはごんたにアドバイスをしました。

その言葉通り、美味しい焼き餅で腹ごしらえを済ませたごんた。
さあ、出発・・・と見回したところ、たけやんの姿がありません。

たけやんは『自分のペースで』と言っていたので、先に行ったのだろうと
大して気にする事もなく、出発するごんた。

歩き遍路で鍛えられた健脚で、坂道を難なくクリアしたごんた
大門へ着くと、そこで待っていたのは、ごんたの愛犬・クロでした。

長らく遍路に出ていて、久々に会うクロ。
きっとたけやんが気を利かせて、ごんたのお母さんに連絡を入れていたに
違いありません。

再会を喜ぶごんたに、もう一つの再会が。
大窪寺、そして霊山寺でも会った、歩き遍路の良治さんです。

ごんたは、愛犬のクロが『出迎えて』くれた事を嬉しそうに話すとともに
たけやんの姿を見なかったか、良治さんに尋ねたところ・・・

クロが『出迎えた』というごんたの言葉を、不審に思う良治さん。

何故なら、大窪寺でも霊山寺でも、ごんたがクロと仲良く一緒にいるのを
目にしていたからです。

「そんなハズはない・・・。」

うろたえるごんたの姿に、何かを感じ取った良治さん。
すぐに御廟へお参りするよう、ごんたを促しました。

無明の橋を渡ろうとするごんたの前に現れたのが、一人の『お坊さん』。

初対面のはずのごんたとクロの名前を知っている、この『お坊さん』は、
「気付かせてやってほしい」と、ごんたの母親から頼まれたと言います。

人は誰でも、苦しみ・悲しみを背負って、人生という遍路を歩いている。
でも、往々にしてその苦しみ・悲しみから逃げたくなるもの。

・・・ごんたも、そんな一人でした。

『お坊さん』は、辛い過去から逃げていたごんたを現実に引き戻すため、
お遍路に出る前、ごんたとたけやんの身に起こった事を語り始めました。

・・・・・・・・・・・

『たけやん』こと、たけぞう。

彼は幼くして両親を亡くし、路頭に迷っていたところを、ごんたの母親に
助けられ、乳飲み子だったごんたと共に、兄弟同然に育てられました

たけぞうも、恩に報いるため、ごんたを実の弟のように可愛がりました。

今から6年前の事。

お祭りで酒に酔って、橋の欄干から落ちて溺れたごんたを助けるために、
たけぞうは、なりふり構わず川へ飛び込びました

ごんたを抱えたまま救助を待っていたたけぞうは、村人に引き揚げられ、
ごんたが無事なのを見届けると、その場で力尽きてしまいます。

たけぞうの亡骸を見たごんたは、辛い現実を受け容れることが出来ずに、
捨て犬だったクロを、たけぞうだと思い込んで暮らすようになりました。

心配した母親は信仰の道へと入り、修行が進んで達観した頃を見計らって
『お坊さん』が母親の夢枕に立ち、告げました。

「ごんたに四国遍路をさせよ」と。

・・・・・・・・・・・

ようやく、全てを思い出し、現実を受け入れたごんた。
『お坊さん』がたけぞうに労いの言葉をかけると、元気に吠えるクロ

クロの首に何かがついている事をごんたに告げると、その『お坊さん』は
忽然と姿を消しました。

クロの首についていたのは、ごんたの家の電話番号のメモと、10円玉。

公衆電話を探し、母親に電話をかけるごんた。

「おかん、ワイの傍に、クロが居てるで!

大切な魂を、どう使うか。
その事に『気付く』ために、信仰があるのです。

***********

御廟へのお参りを修めた一行。

今回が初の高野山参拝となる杉本さんは、『高野山奥の院』という言葉に
お参りの前からイメージがどんどん膨らんでいる状態だったそうですが、
実際に足を運び手を合わせてみると、想像に違わぬ素晴らしい雰囲気で、
何か大きなものに包まれている様な感覚を味わった
、との事。

こうゆうさんも、学生時代に初めて無明の橋を越えて参拝された時には、
息が詰まりそうなほどの、『お蔭』が凝縮された空気を感じたそうです。

凛とした空気でありながら、暖かさも同時に兼ね備えている。

仏と一体になれる場所、それが高野山です。

***********

・・・という訳で、今回のダイジェストはこの辺で。

詳しくは、FMくらしきのOAと、Podcastでチェック!!

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2011/01/10 21:11 | Comments(0) | TrackBack(0) | 放送内容
【1番】 竺和山・霊山寺《放送内容》
 今回のお参りは・・・3年半ぶりに帰って来ました。
 第一番札所、竺和山・霊山寺へお礼参りです

 近頃はお遍路の形態も様変わりし、近隣の檀家・信者さんが寄り集まって
 同じ先達さんの下で巡拝するという、昔ながらのスタイルは減ってきて、
 お参りを希望する人が各々で旅行会社に申し込み、自分の都合が良い時に
 個人単位でツアーに参加するという形式が主流になってきました

 ですから、毎回、同行するメンバーも、先達さんも異なっているわけで、
 団参の『一体感』というものは、残念ながら失われつつあるようです。

 大窪寺さんで成満し高野山へと向かうルートとしては、歩き遍路の方なら
 徳島から海路で渡るため、こちらの一番札所へお礼参りするという事は、
 ごく自然な流れだったのですが、交通手段が発達し過ぎてしまった近年は
 皮肉にも、この伝統が廃れて行く傾向にあると感じられます

 でも、『巡拝』は、一連の数珠に例えられる事もあります。

 
八十八番を修めたならば、その足で再び一番札所へと向かう事で、初めて
 修行の『輪』・・・終わる事の無い、永遠の巡礼が完成されるのです。

 ***********

 山門に立つと、最初にお参りした日の事が、次々と脳裏に甦って来ます

 杉本さんは、「橋の上で杖を突いてはならない」という作法を学んだ事を
 思い出しました

 真っ白な装束の初々しい、初めてのお遍路の方々が参拝する様子と同じく
 杉本さんも最初は、お経本を手にしたまま、ただ立っているだけでした。

 長い道のり、長い年月をかけて、日々精進を積み重ねた結果、最初の頃は
 お経本を手にしていながら、それを読む事すら出来なかった杉本さんが、
 今はお経本の助けもなしに、スラスラと読経が出来るまでになりました。

 八十八箇所を修め、お礼参りで、輪が『つながった』・・・と思ったら、
 『輪』と思って歩んで来た道が、実は螺旋、スパイラルだった・・・。

 あの日と同じ場所に立っているようでいて、あの日よりも確実に進歩し、
 少し上へと昇った、自分自身の姿を確認出来た事でしょう。

 そんな杉本さん、今回は先達という大役を、無事務め上げられました

 ***********

 さて、皆さんお待ちかね、米裕さんの創作小噺『凸凹同行記』。

 八十八番を修め、霊山寺へお礼参りの二人。

 最初の頃は泣き言ばかりだったごんたも、今では見違えるほどに成長して
 たけやんを引っ張って行くまでになりました

 長い道中、たけやんに聞かせてもらった有り難いお話の数々も、しっかり
 身に付いたようで、今や何処へ出ても恥ずかしくない、立派な青年です。

 境内を見回すと、前回の大窪寺で会った、お礼参りの事を教えて下さった
 あのお遍路さんと再会したごんた。

 大窪寺で金剛杖を納める事なしに、そのまま使い続けているようなので、
 理由を尋ねると、これから高野山へ向かうため・・・との事。

 ごんた、「もしや?」と思い、たけやんに聞いたところ・・・

 二人が故郷に帰る日は、もう少し先の話になりそうです

 ***********

 そんな訳で、長らく愛されて来た、この『きくへんろ。』
 遂に最終回・・・と思いきや、やはり、高野山へと向かいます

 米裕さんいとっては、帰るべき場所。
 こうゆうさんにとっては、青春期、修行に打ち込んだ、元気の出る場所。

 高野山を知り尽くしたお二人が麓から順を追って、ラジオ史上にない位に
 深く掘り下げて、御案下さるそうです

 ***********

・・・という訳で、今回のダイジェストはこの辺で。

詳しくは、FMくらしきのOAと、Podcastでチェック!!

2010/12/20 10:42 | Comments(2) | TrackBack(0) | 放送内容
【88番】 医王山・大窪寺《放送内容》
今回のお参りは第八十八番札所、医王山・大窪寺
四年近くかけて巡って来た四国八十八箇所も、いよいよ結願です

大きな山門の前に佇む一行の耳に聞こえてくる、お囃子の音
吉祥の日に目出度く結願を迎えるという、素晴らしい巡り合わせ。

次々に参拝して来るお遍路さんは、長い旅路を無事踏破した充実感もあり
皆さん、とても晴れやかな表情をなさっています

***********

ところで、最後の札所に来て、ふと疑問の湧いた杉本さん

各札所の門前にはお遍路用品のお店がありますが、一番札所ならともかく
何故、途中や最後の札所に『真っさら』の納経帳があるのでしょう?

それに対する、こうゆうさんの回答

閏年は『逆打ち』すると御利益があると言われていますので、その場合は
八十八番が最初の札所になります。

また、今でこそ一番から順番にお参りするスタイルが確立していますが、
空海さまが御活躍の頃は、それぞれの札所に番号はありませんでしたし、
元々四国にお住まいの方なら、自宅近くから参拝を始めるでしょう。

つまり、お遍路は、どの札所から始めても良い訳で、そう考えたならば、
途中の札所のお店に新品の納経帳があっても、不自然ではないのです。

***********

山門の下に立つと、これまで身についてしまった罪業を吹き飛ばすような
強い風が吹いています。

こちらのお寺、開基は行基さまと伝えられており、後に訪れた空海さまが
虚空蔵求聞持法を修された後に、御本尊の薬師如来像を刻まれた事から、
山号が『医王山』、院号はお大師さまに因み『遍照光院』とされました。

御本尊と共に祀られているのが、三国伝来の錫杖

これは、空海さまが唐へ渡った際に授かったという、インド伝来のもので
日本へ帰国してから、こちらに納められたのだそうです

また、こちらには『宝杖堂』といって、お遍路さんが苦楽を共にしてきた
金剛杖を納める場所があり、その数は年間100万本とも言われています。

長い道中、同行二人で歩んできた、四国八十八箇所。
行を修めた身として、ここからは自立する・・・という決意。

結願の札所ならではの光景です。

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さて、皆さんお待ちかね、米裕さんの創作小噺『凸凹同行記』。

ごんたとたけやんの耳に、法螺貝の音が聞こえてきました
大窪寺の御本尊・お薬師さまは、法螺貝をお持ちになった仏さまです。

そんな吉祥の中、目出度く結願の二人
高揚感から、ごんたは肝心のお参りを忘れそうになっています。

全国各地からやって来たお遍路さん達は、誰もがみんな笑顔です

そんな中、ごんたと同郷の、大阪から来たというお遍路さん。
これから、また一番札所へお参りに行くようです。

不思議に思ったごんた。
たけやんにその事を告げると、たけやんもそのつもりだとの事。
八十八番を修めた後、一番へもお参りする事で、初めて『一周』です。

こちらには、遍路の途中で亡くなった方の『遍路墓』が多くあります。

かつて、お遍路さんは『遍路往来手形』を持って道中を行き、その中には
葬式代も包まれていたそうです。

遍路の途中で倒れた時には、後から来た別のお遍路さんがその場で葬り、
手形に包まれた残りのお金を持って結願。

そうすれば、途中で倒れた人も成満したという事で、包まれていたお金で
お墓を建てたのです。

人間、色々なものを背負って生きています。
それは、気楽に見えるごんたでも、同じ事です。

***********

次々に訪れるお遍路さんは、疲労困憊の中にも、達成感溢れる表情です。

怪我や病気が原因で、お遍路を断念する場合があります。

でもその一方、歩き続けるからこそ元気になる、体が強くなるという事も
あり得るのです

お遍路とは、修行です。
自らに何かを課すという事も、時には必要です。

そして、お遍路で身に付けた作法や心持ち、日常に戻った時に生かして、
初めて修行が意味を持つのです。

***********

杉本さんは、納経所で『結願証』を書いてもらいました。
頂いた時には、身が引き締まる思いだったそうです。

さて、八十八箇所全て修めたわけですが、遍路旅はまだ続きます。

数珠は、結んで、初めて用を成します。

お遍路も同じ。

八十八番まで修めたら、一番に戻っての『お礼参り』
行を修め、一回り成長した姿を『お供え』しに行くのです。

きっと、一番最初の時とは違った、お参りの風景が見える事でしょう

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・・・という訳で、今回のダイジェストはこの辺で。

詳しくは、FMくらしきのOAと、Podcastでチェック!!



2010/12/06 10:32 | Comments(0) | TrackBack(0) | 放送内容
【87番】 補陀落山・長尾寺《放送内容》
今回のお参りは第八十七番札所、補陀落山・長尾寺です。

讃岐平野の、古い町並みの中に位置する、こちらのお寺。
山門の手前には、凝灰岩で出来た『経憧』という石柱があります。

この経憧、かつては『経筒』と表記されていたようで、願掛けの目的や、
功徳を増すためにと鎌倉時代に作られたもので、内部には書写したお経が
納められています

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小ぶりな鐘楼山門の向こうには、巨大な楠がザワザワと葉を揺らせながら
その威容を誇っており、両者がセットで一つの風景を作り上げています。

車での参拝が増えた近年は、駐車場の位置関係もあって、参拝者の多くは
山門を通る事なく、境内へと進み入っているようです。

しかし、お寺のスケールを感じるには、やはり正式に山門をくぐってから
お参りしたいものです。

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木々が鬱蒼と繁っていた前の札所に比べ、こちらは諸堂の配置が特殊で、
境内が広々とした印象。

実は、こちらではかつて、岡山の西大寺と同様に『会陽』、即ち裸祭り
行われていたため、大勢の群衆が集うための設計がなされているのです。

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さて、皆さんお待ちかね、米裕さんの創作小噺『凸凹同行記』。

広々とした境内の様子に、「野球が出来そうやな」とは、ごんたの感想

かつては大勢の裸の男達が集う『会陽』が行われていたため、そのような
広い敷地が必要でしたが、事故などの問題が発生したため中止となって、
今では代わって『三味線餅つき』『大鏡力餅運搬競技』といった行事が
行われています。

ところで、かつて行われていた『会陽』ですが、なぜこのような呼び名が
ついているのでしょう?

実はこれ、裸の男たちが発する「エイヨー、エイヨーという掛け声が、
そのままお祭りの名前になったのだそうですが、この様に掛け声や擬音が
行事の名前として定着した例は、日本各地に存在します。

更に古代中国では、動物の鳴き声を漢字の読みに適用した例も多くあり、
『犬』や『猫』などは、音読みしてみれば納得出来ます

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続いては、杉本さんのてくてくインタビュー・ひとへんろ。

今回登場するのは、遍路専門のタクシー会社に勤務される、乗車歴
25年のベテラン運転手さん。

お遍路専門というだけあり、初心者の方にはお経も教えて下さるそうで、
勤務の合間には、御自身もお参りをされるそうです。

近頃は『観光がてら』の参拝客が増えて、お寺へのお参りだけではなく、
温泉やグルメといった、観光案内的なリクエストも多いそうです。

お仕事の性格上、日本各地からのお客さんと出会い、ふれ合う事が出来て
後に交流が続く場合もあるそうです

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長尾寺は、映画『高野山への道』の、四国ロケのクランクインの地であり
制作に携わったこうゆうさんにとっては、思い出の地でもあります

境内の建物には、それぞれ一つ一つに、大変な手間をかけて仕上げられた
見事な細工がなされています。

『仏法を守る』という使命感の下、当時の職人さん達が丹誠込めて作った
貴重な作品、じっくりと味わいたいものです

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・・・という訳で、今回のダイジェストはこの辺で。

詳しくは、FMくらしきのOAと、Podcastでチェック!!

2010/11/24 10:25 | Comments(0) | TrackBack(0) | 放送内容
【86番】 補陀落山・志度寺《放送内容》
今回のお参りは第八十六番札所、補陀落山・志度寺です。

札所も残す所あと3ヶ寺となり、番組はいよいよ大詰め
米裕さん、早くも感涙にむせんでいます

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こちら、御本尊は十一面観世音菩薩さまで、山号にもある『補陀落』とは
観音さまのいらっしゃる浄土の事。

その浄土に憧れ、信仰する事を『補陀落浄土渡海信仰』と言うのですが、
当時の都だった近畿地方へは、仏教を始めとする大陸の様々な先進文化が
西の海から伝わって来た事から、瀬戸内海を隔てて西側に位置する四国を
浄土の入り口と考えた・・・というのが、米裕さんの説です

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こちらのお寺、開基は六百年代。
あの行基さまが活躍された頃よりも、更に前の時代になります。

そんな歴史の古いお寺ですから、創建当初の寺号もはっきりしません。

志度寺の『志(し)』の音は、四国の『四』、『死』にも通じます。

発心・修行・菩提・涅槃という、修行の段階を表現する『四』
ネガティブな意味でなく、仏の浄土も表現し得る『死』

ひょっとすると、何らかのつながりがあるのかもしれません。

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自然豊かな境内を進むと、緑をかき分けてお参りしているような印象

観音浄土の入り口と考えられていただけあり、最澄さまや空海さまを始め
こちらのお寺には、著名な和尚さまが数多く足を運ばれたそうです。

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さて、皆さんお待ちかね、米裕さんの創作小噺『凸凹同行記』。

その歴史から分かる通り、貴重な文化財が数多く現存する志度寺ですが、
たけやんによると、中でも、鎌倉時代に当たる1300年代に作
られたという
『絹本著色志度寺縁起』六幅の絵図は、お寺の縁起が鳥瞰図で描かれた、
大変に面白いものだそうです

御本尊である十一面観音像の謂れを説いた、一巻目の絵図。

二巻目と三巻目は、謡曲・海女の原型にもなった、珠とりの海女の物語

以下、四巻目は白杖童子縁起と当願暮当之縁起、五巻目が松竹童子縁起
そして六巻目の阿一蘇生之縁起へと続きます。

こういったお寺の縁起物語は、その不思議や功徳を分かりやすく説く事で
勧進にも使われましたが、同時に神仏と我々の日常生活の密接な関係や、
戒め、子供に道徳を教えるという役目も担っていたのです。

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諸堂をお参りさせて頂くと、の彫り物が多い事に気付きます

海が近い地域には、深刻な自然災害としての『海難』が付きものですが、
怪物とも表現し得る忌むべき災いが、仏法によって改心させられた姿を、
『竜』として表現しているのです

『自然の荒ぶる神が災いをもたらす』という考え方は日本独自のもので、
『竜巻』という表現は、その典型の一つかもしれません。

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・・・という訳で、今回のダイジェストはこの辺で。

詳しくは、FMくらしきのOAと、Podcastでチェック!!


2010/11/10 09:28 | Comments(0) | TrackBack(0) | 放送内容

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